受け取ることをためらわないで
地球には、自分が行った真心からの行為に向けられた感謝の現れを受け取ることが、苦手な人間がたくさん居るように感じます。
その感謝の現れとは、時に贈り物だったり、金銭だったりさまざまな形態を取りますが、私たちから見たら、それらはどれも、贈り手の愛のエネルギーなのです。
その感謝を贈りたいと想って贈る愛のエネルギーが充分に受け取られない時、その行為や仕事自体の価値を自ら下げてしまう事になります。
人は、自分が苦手な事、できないことを、それが上手にできる人に依頼して、そのお礼に感謝のエネルギーの現れとして金銭を支払うという意味で、仕事をしています。
いいかげんなやり方で、手を抜いた仕事をした結果、そう相手に感じられるのは仕方がありませんが、誠心誠意行った仕事の価値を、自ら下げるのは、自分に対しても不誠実で残念な現実を引き寄せます。
それは、自分自体の価値を下げる、マイナスイメージを自らに植え付けていく行為だからです。
日本人は特に、自らのことを謙遜したり、高い評価をもらっても控えめに在ることが美徳とされている文化の中に居ますが、“謙虚で在ること”と、自らの価値を認めないことは同じではありません。
“謙虚で在ること”とは、おごり高ぶり、傲慢になることなく実直に在ること。
そのうえで、自らの能力や仕事の価値を認めて幸福に生きることは成立するのです。
真のWin-Winの仕事とは
むしろ自分の仕事の価値を自分も依頼主も気持ちよく理解し合い、エネルギーの循環が生まれた仕事は、真の対等なWin-Winの結果を産み、大きな功績を残します。
例えば、大切な女性にプロポーズをする時、大切な家族の記念日などに、高級レストランで食事をするのは、自らの技に価値を認めたシェフの料理に、後々まで思い出となる時間を創ることを託すから。
このように依頼してくれたお相手の期待に応えるためにも、時にはその期待に応えた金額を頂くべきなのです。
例えば先述の、記念日になるレストランのフルコースが、1,980円だったら?
大好きなアーティストのコンサートのチケット代が、1,000円だったら?
学びたかったセミナーが、1日1,000円だったら?
設計からオーダーしてこだわったマイホームの代金が、100万円だったら?
手放しで、安かった!とよろこべるでしょうか?
駅前でもらったティッシュのようにそれらは結果的に、いつもらったかも覚えていないような体験になるとおもいませんか?
少しでも安くすることが顧客への愛ではありません。
時にそうすることで、顧客へのサービスの価値を自ら下げて、
お客様の貴重な感動や満足の行く体験を奪うことにすらなるのです。
自分で自分の価値を認められるかが、鍵
これは一流と言われる人に限ったことではなく、あなた自身が、あなたをどう扱って仕事をしているか、【自己価値】に関して言っているのです。
土の時代、人はたくさんの努力をして仕事や人生に於いて、自己価値を高めてきました。
風の時代は、他者や外側の評価ではなく、自分が自分をどう認識しているかが、自らの価値を決める時代になります。
皮肉な実話ですが、フランスの巨匠ゴッホは、生前はほとんど絵が売れませんでした。
彼が生きていた時代には、彼の才能は少し早すぎたのでしょう。
けれど現在、彼の作品は数億円という値段で取引されています。
ゴッホが魂の奥では確信していた自分の才能を、自らもっと信じて行動していたら、彼の人生にはもう少し安らぎと幸福と成功があったでしょう。
時に人生を自ら成功に導くのも、破滅に向かわせるのも、自分で自分を信じるちから=自己信頼=自己価値をどうもつかが大切になります。
自己価値を高く持つのに、長い修行や苦労は、これからの時代、必要ではありません。
どんな状況でも、自分を信じ、自分とまわりの人に誠実に正直に向き合えば、
自然と勝ち負けのルールの外に出た、愛のエネルギーの循環でお志事は成功するのです。